身体が資本論

身体とお金の話がメイン。元気があれば何でも出来るを地で行きます。

お台場の花火大会で社会の縮図を見た

f:id:lemarc:20180812231357j:plain 8/11(土)に行われた 、[有料イベント]プログラミングによるミュージック花火 東京花火大祭2018|Tokyo Fireworks Festival 2018 を見にお台場へ。

17時過ぎに家を出発し、東京テレポート駅へ。18時ぐらいに着いたのだけど、例によって人、人、人。

事前にツイッターで情報を集めていたら「コンビニに入るのに15分かかる」というツイートを見た。これは実際にその通りで、アクアシティお台場に入っているローソンは中のフードコートに面しているのに、施設の外まで行列ができていた。

どうにか飲み物を買って、見に行こうと人の流れに沿って歩く。 お台場海浜公園が会場で、近くのお台場デックス東京ビーチというショッピングモールでも有料の席が用意されている。 まあそこそこ近くまで行って、多少の障害物があっても良いからゆったり見られる近くの広場みたいな場所があればいいなと思っていたら、会場の警備員が「チケットをお持ちでない方は、潮騒公園に向かってください」とひたすら繰り返していた。

そっちに行けば屋台がそこそこあって、有料チケットを持っていなくても大丈夫かなーとふらふら歩き始めたのだが、これがまずかった。潮騒公園では花火がほとんど見えないし屋台も何も無い。

公式サイトのタイトルにあった通り、「有料イベント」なのは把握していたが、これほどまで無課金ユーザに冷たいとは。

子供のころに見た花火大会は、無料で(=席を取らずに)行ってもそれなりに見られて、決して衛生的とは言えないけどなんだか美味しそうな屋台の食べ物を二つ三つ買って食べながら楽しめて、快適に観たい人は有料席を買ってのびのびと見るみたいな、いわばフリーミアムなイベントという認識だった。

有料イベントと事前に告知されているとはいえ、そういった感覚のままホイホイとお台場花火大会に来てしまった方はかなりの数いたのではないか。

いつもの格好でノコノコやってきたのならまだ良いが、きちんと浴衣を着てヘアメイクしてきたのに、「有料席取らなくてもいけるっしょー最悪ちょっと観づらくても屋台とかお祭りっていう雰囲気を味わえれば良いしー」というノリで行くと、屋台もなく人しかいない花火も見えない席がないという糞ゲーを味わう。これが初デートだったらケンカどころの騒ぎじゃない。

次は屋形船か有料チケットを素直に買います。

バトルロワイヤルアプリの高揚感は異常

最近「荒野行動」というアプリにハマって、ここ2週間結構な時間を割いてプレイしていた。

100人で戦って、一番最後まで生き残れた人が勝利、という単純明快なルールで、課金しても見た目が変えられるだけ、最初はみんな裸一貫の状態でフィールドにスポーンされる。

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完璧よりも全力で取り組めているかどうか

よりやりたいこと、大事だと思うこと、そして尊敬できる人と接しようとするとき、ためらいや後ろめたさをものすごく感じて、死にたくなるぐらい不安になるときがある。

いままで自分を裏切ったり、嘘をついたりしたことが少しずつ積み重なって、この感情を生み出している。

結果、失礼な態度を取ってしまう、裏切ってしまう、中途半端に投げ出してしまうというような結末を迎え、この周期はだいたい3から5年周期で起こる。

 

そしてやっと分かってきた。すべては「失敗したくない」「いいところを見せたい」「完璧でいたい」という思いから湧いてくるモヤモヤなのかなーと。

完璧じゃなくていいから、全力でそのことに向き合い、全力で取り組み、全力で考えられていれば、全力を出し切れれば、諦められないものは諦められないし、諦めてしまうようであればそれまでのことで諦められる。

 

おれ、冴えてるなーやるじゃん!と思っていたら、ふと同じようなことを3月のライオンで言っていたのを思い出した。あれ、この記憶の追体験なだけだったのかな。

 

「『逃げなかった』という記憶が欲しかったんだと思います。」

逃げなかった、というのは全力を出しきらず、手を抜いて「俺はまだ本気を出していないだけ」「起きられなかったんだからしょうがない」「疲れているんだから寝たほうが良い」と言い訳を作るようなことをしない。

 

逃げるのは簡単だし、一生逃げ続けることは出来るけど、それよりもやり続ける、全力を出しきるっていうのはとても大変。

これだけやったんだから大丈夫、失敗しても運が悪かっただけ、と思えるまで全力で取り組めれば、精神衛生上とても楽になる。やることをやらず、グズグズと先延ばしにしながら言い訳ばかり並べて過ごすよりよっぽど良いしそっちの方が疲れる。

 

自己欺瞞というモヤモヤを頭に抱えないために、そして逃げなかったという自信を持つために、完璧よりも全力を出しきることを目標に、日々を暮らしていく。

仕事が楽しくないあなたは、興奮した瞬間を大事にできているか

ここ何ヶ月か、仕事に面白さを見出せなかった。ルーティンをただこなしているだけ。

ちいさな雑用をどんどんこなし、うまく回しているような錯覚を覚えたが、実際はただ疲弊していた。

同僚の話や業務にも興味が持てず、飲みに行くこともなくなった。

 

そんななかで、担当している領域の新規案件の打ち合わせがあった。相手はバリバリの商社マンと、外国人CEOを始めとした会社の幹部たち。

もちろん全ての会話は英語で行われる。自分たち側も、自分以外は役員のみ。わたしが一番の下っ端だった。

わたしの役割は話している内容に関するデータを探したり、自分の担当している制作寄りの話についての回答だった。

自分だけ語学力が著しく低く、ほかのメンバーは滞りなく商談を進めている。辛うじて今進行しているトピックがどんな感じかは分かったので、必死に分かっている感じで調子を合わせた。

ただただ、厳しかった。チャンスが舞いこんでいたにも関わらず、活かしきれなかった。

 

でも、同時にものすごく興奮した。いつもの退屈な仕事をやっていたから、そしてTOEICで社内では比較的高いスコア(といってもビジネスで使えるレベルとは到底言い難い)を取っていたから呼ばれただけなのは分かっているが、自分がこの案件に関わらせていただけると考えると、ワクワクが止まらない。

 

そんなことを経験したあと、AmazonのPrime Readingで「マンガ版仕事は楽しいかね?」を読んだ。

ざっくり一言でまとめると、「退屈な仕事でも、考え方を変えれば楽しくやれるっしょ」という話。

改善策が浮かんだらどんどん試す、昨日の自分と比べて成長しているか、失敗や偶然から生まれるものを活用する、すぐに始める、現実を直視する。

 

いま自分ができることは、担当している案件を滞りなくベストなかたちでこなしつつ、新しい価値を生み出し続けること。

いまの案件をルーティンで回せることはもう期待されていない。それ以上のことを求められている。これでもし、自分の働きの対価に見合わない報酬が提示され、それを飲み込めなければ転職すればいいだけだし、今の案件をこなすことができれば働き口ぐらい容易に見つかることだろう。

 

退屈な案件でも遊べるところは残っているし、英語やプロジェクト管理、デザインやプログラミングなど興味のある分野に積極的に関わっていくことで価値を生み出せば、どんどん楽しさや興奮は生まれてくる。

 

その行動は消費か生産か

何をやるにしても、時間を含め何かしらを消費している事は変わりないんだけど、その行動の後に何が残るかを考えて動いた方が良い。

例えば買い物1つとっても、ただコンビニでお菓子を買うのではなくて、あるテーマを決めそれに合ったお菓子を吟味し、味やコストパフォーマンスを比べてTwitterやブログにまとめを上げるところまで考えるかどうかでそのお菓子を買うという公園によって生まれるものが違う。

前者はただおいしいお菓子を食べて、お腹が満たされたという満足感だけが一時的に得られるが、後者は自分がどうやってそのお菓子を選び、実際に食べどんな感想を持ったのかが記録として残る。形に残るかどうかはとても重要な違いだ。

プログラミングに関する記事を読んだとしても、ただ記事をどんどん読んで消費していくだけよりも、実際にコードを書いてみて動かしたほうが何倍も身に付くのは明白だ。

そして、自分の思う生産は、消費よりも消費が少ない。何を言っているかわからないが、これは自分の納得できる消費レベルがどんどん上がってきてしまい、満足するまでに数万円使うことをがザラになってきてしまっていることに起因する。

それに対し、自分の生産に対する能力は、まだ数万円を使うほどのレベルに達していないため、時間をかける必要はあるにせよ、ただ消費していくよりも圧倒的にかかる費用は少ない。

さらに、生産はうまくいけば富を生み出すことだってできる。

消費と生産のバランスを取る事はもちろん大事だけれども、気をつけないと消費ばかりになってしまうので、生産のほうに比重を置いたほうがうまくいきやすいと思う。

きちんと消費し、それをコンテンツにすることで生産も兼ねるのが一番賢いやり方だろう。

時間を捻出する

もっと成長したい。自分の思う成長は、出来ることと視点が増えること。

そのために、時間の使い方を変えたい。

自由に使える時間と選択肢を増やすことと、作った時間で実際にやることをより本当にやりたいことが出来るようにしたい。

使える時間を認識する

毎日忙しく過ごしている気がするんだけど、その一方で多くの死んでいる時間があるように感じている。

死んでる時間

  • 二度寝中(約2時間)
  • だらだら仕事中(3時間くらい)
  • 残業(2時間くらい)
  • 通勤時間(往復2時間)

平日は8時間仕事しなければならないけど、実質ちゃんと成果が出せているのは5時間。残りの10時間は休息に充てるとして、成長に使えるのは控えめに数えて9時間ほど。

特にだらだら仕事中と残業時間の5時間が大きい。

n時間空いてたらxする

5分

  • 英単語覚える(アプリやリスニング)
  • スクワット
  • DEV.TOで記事ひとつ読む
  • 仕訳

30分

1時間以上

  • 記事を1本投稿までやる
  • ジム行く
  • 風呂屋行く
  • 映画見る

そんなにないのでもう少し具体的なものを増やす。

やらないことを決める

めっちゃやりたいけど、死んでる時間だなということ。

これらはやってもいいけど、きちんと時間を決めてコンテンツ消化する。

アプリを消すのが1番いいんだろうけど、それはさすがに無理。

時間をちゃんと区切ってそこに合うアクションをはめていく。これを実現するためには、きちんと自分の次の行動や予定が把握できていないと無理だ。 

 

 

自分自身のマーケティング

LINEの田端さんがスタートトゥデイのコミュニーケーション室長に就任した。

その文脈でのツイートが興味深かったので。

 自分がどう見えるかを考えるのがマーケティングだとすると、嘘をつくのは論外だとして、自分がやったこと、好きなことについて他者がどう受け止めるか、広めていくかを考えられている人が、ネット時代に上手く世渡りしていると感じる。

なるべく自分の色を消したいという願望はあるけど、そのなかでどうしても出てくる色を少しずつ拾って、もう少し分かりやすい色に置き換えつつ誘い受けしていくような動きを作りたい。

自分が望む環境に持っていけるような流れを引き寄せるのが自分自身のマーケティングだろう。