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身体が資本論

身体とお金の話がメイン。元気があれば何でも出来るを地で行きます。

言動と行動のズレが生み出す胡散臭さ

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体を張るとブログのタイトルでは言っているものの、一向に体を張る気配のないエントリですが、まずは軽く実践しながら起動修正をしているつもりです。

…という出だしから始まった2年前の下書き。まずタイトルにドキッとする。

 

自分としての次のステップは、「言うこととやることがリンクしている」ことだと改めて認識した。この段階に来てからもう10年以上になる。
「やればできる子」「地頭は良いんだから」「本気を出しても良いんだよ」と言われて育つと、「自分は出来る子なんだ」と勘違いしつつ行動が伴わない大人が完成する。
こういった形で育った人間は、どこかで「努力をしていない状態で平均以上の力を持っている」状態の終焉を迎える。大体が大学受験から就活の間に来ることが多く、このうち3割ぐらいが立ち直れずに社会に参加できなくなってしまう。
 
どこかでこの「ズレ」を認識するのだけど、今のままの自分に限界が来ていることを認めたくないし他人にそう評価されるのを恐れるあまり、変な方向へ突っ走ることもある。
よく分からない通信制の大学に行ったり、F欄に入るも留学してみたり、意識が高そうな学生団体を作ったり。
 
自分に向き合えていないけど、大きく見せたい、底が見えないと思われたくて、一般の評価軸に乗らないような行動を取るのだけど、それはあくまで「自分」の考える「他者から見た視線」であって、実際の他者の目線は「うわあいつ逃げやがった」なのに気づいていない。
 
この連鎖を断ち切るには、「自分を客観的なものさしで測る」「ズレを認識する」「行動を改める」の3段階が必要だ。
 

自分を客観的なものさしで測る

 
年収、保有している資格、住んでいる場所、平日・休日の過ごし方の4つで十分だろう。これを客観的に書き出すだけで、吐き気を催すほどの絶望感に浸れるはずだ。
 
年収: 280万円
資格: 普通免許のみ
住んでいる場所: 5.5万円の築30年アパート
平日: 8時30分起床、10時出社、23時30分帰宅、25時就寝
休日: 特にすることなし
 
ズレを認識する
 
吐き気を催すほどの絶望感に苛まれる原因は、客観的な状態と頭のなかの認識のズレだ。
まぁまぁのイケてるベンチャーで、やりがいのある仕事をし、そこそこの友人とたまに語らい、まぁまぁ可愛い彼女と週1回遊ぶ。
そこまで悪くない生活をしていると自分では思っているのだけど、客観的に見るとひどい事この上ない。
 
行動を改める
 
これを受けて、どうすれば良いのかを考え、実行する。
わたしの場合、この状況で満足しているのが問題だ。こんな生活がダラダラと続くわけはなく、加齢とともにどんどんしんどくなっていく。
 
自分を大きく見せるのはやめる。等身大なのに堂々としているのを目指す。