身体が資本論

身体とお金の話がメイン。元気があれば何でも出来るを地で行きます。

表層的な知識による気持ち良さからの脱却

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Chinpam Chinpam by gasper lemarc, on Flickr

はじめに

記念すべき初エントリですが、今後どのような記事を書いていこうかと考えたとき、いままで作っては消してきた日記やブログたちのことを思い出しました。
ニュースサイトをやってみたり、専門的なジャンルについてまとめるブログ、2ちゃんねるまとめサイトなどをやっていたこともありますが、どれも単発でブックマークが付いたりニュースサイトサイトに取り上げられて一時的にアクセス数が伸びても、そこで満足してしまいアクセスが0に近い数字にまで落ち、結果やる気がなくなって更新しなくなってしまうという流れで開設と更新停止を繰り返してきました。
 
儲かるかな有名になれるかな、という邪な気持ちでやっていた訳ではありませんでしたが、一時的に増えていくアクセス数(といっても数万UUでしたが)を見ることで、サイトを更新しつづけるよりもそこで満足することがコストパフォーマンスを考えて良いと思ったんでしょう。有料のサーバーを借りてサイトを運営しているという高揚感と、一時的なアクセス増加による射幸感で満たされてしまったのです。
 
思えば、そのときは自分で何かを生み出したいというよりは、面白いコンテンツを他ブログや海外サイトから仕入れて紹介すれば、自分はこれだけ面白いものを知っている「センスのある奴」なんだと思われたかったのだと思います。
 
ただ、その心持ちで得られたものは何かと考えると、ただの優越感「だけ」でした。金銭的な報酬はもちろんのこと、面白いものを知っている人たちとの交流や目に見える実際のセンスは全く得られませんでした。
 

知識の横流し

ネット上で面白いものを探したところで経験値は溜まりませんし、表層しか見ていなかったために入り口やWikipediaに載っているような概要は知っているものの、じゃあ実際に身体で理解して楽しんでいるかと問われると何も言えなくなってしまう。知らない人に対しては饒舌に語れるものの、精通している人と朝まで語れる楽しさを感じられるレベルには凡そ到達していなかった。
 
Twitterのプロフィールにデザイン、写真、プログラミング、車、時計、ファッション、ガジェット、インテリア、洋楽、DJ、ギター、グルメ、酒、 ネトゲTCG、アニメ、クレジットカード、筋トレ、ベンチャー、小説、将棋、絵、英語と並べたところで、それについてネットに上がっている「情報」しか持っていない薄っぺらな自分がいました。
 

入り口までの知識で満足してしまう

新しいサイトを思いついたとして、(Smashing Magazineを読んで)今はこういうデザインが流行ってるんだよな、 Emmetってやつ使うとCSS打ちやすいんだ、Sublime Textインストール!バリバリコーディングするぜー(しないでここで終わり。結果デザインのトレンドや流行りのツールには詳しくなるが、プログラミングやデザインの真似事は出来るものの最後まで完成させるまでに満足して飽きる)。
 
写真始めるならデジタル一眼レフだよな!ふむふむ、被写界深度がーフルサイズがーローパスレスがーRAW現像がーフォーカルレデューサーがー(ボディやレンズ、理論には詳しいが、写真はほとんど撮らない)。
 
へーYoutubeに動画上げてるんだ、俺も動画撮ったりしてるんだけどさー(略)あ、そうそうMEGWIN TV知ってる?俺メグさんのロケに参加したことあるんだー(動画は撮りっぱなしで編集はせずアップはしない、有名人と会ったことを自慢することで玄人アピール)。
 
今季のマルジェラはこんな感じかー、Dior Hommeはクリスよりもエディの方が好きだったなー(買ったことない)。
 
 
書いてて涙が出てきそうなほど痛いです。高度にネットが発達したことで、自分が手に届かないレベルのものに対する表層的な情報を得られるようになり、このような薄っぺらい人間が生まれるのでしょう。
 
母ちゃんに、友達に、恋人に「たかしは物知りだねー」と言われて満足するために、承認欲求が口当たりの良い情報を貪ります。ただし、その気持ち良さは一時的なものです。薄っぺらいのが分かると、人びとは目の前から去っていきます。実際には皆が去っていくのを目の前で見るのは悲しいので、人びとが去る前に自分から去っていくことで自分も守ります。
 

表層的な知識は簡単に手に入る

羽生善治さんの「知の高速道路」では無いですが、一時的に知ったかぶって気持ち良くなるために必要な情報は綺麗に且つ食べやすいように加工されて転がっています。それをムシャムシャと何時間も六畳間に敷いた布団の中で食べ続けます。だって美味しいんだもの。自分は傷つかず、安全なところから俯瞰することで、高みを目指して努力している人たちが残していく足跡を食べている感じ。いわゆるメシウマってやつです。
 
しかも、食べたものを咀嚼して実生活に活かすかと言えばそうではなく、ただ偽りの承認へと使ったあとはほとんど消化せず下水道へと流れていきます。
 
勃たなくなったおっさんが延々と乳首を舐めたりおもちゃを使って愉しむように、ピークのない尽きることのない情報の暴飲暴食。このループから逃れるにはどうしたら良いのでしょうか。
 
それには気持ち良さがどこから来たのか、そしてどのような気持ち良さを得たいのかを考える必要があると思います。